名古屋高等裁判所 昭和24年(控)889号 判決 1950年3月01日
被告人
市原喜定
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人橋本福松の控訴趣意について。
原判決挙示の証拠によれば被告人は同判示の日時頃(正午頃)場所において同判示のように判示自轉車一輛を窃取した事実を肯認し得べく、但右証拠の外更に久保田三郞提出の上申書、被告人の司法警察員に対する供述調書の各記載を照合すれば被告人は原判示の久保田眼科医院玄関先においてあつた被害者森井智壽子所有の右自轉車を盜つて三、四間輓いて表本通りまで搬出した頃右久保田方家人等から発見追跡されたためその場にこれを放置して逃走したが間もなく逮捕せられ右自轉車も実害を免がれたことを窺うに足りるのである。しかし右によれば被告人は既に不正領得の意思をもつて他人所有の自轉車を事実上自己の支配内に移しこれを携帶して搬出の途中追跡を受け右のように放置したに過ぎないのであるから右窃盜罪の成立は何等疑いなく、被告人が更にこれを自由に処分し得べき完全な位置に持去ると否とは右犯罪の成否に毫も影響がないものというべきである。
(弁護人橋本福松の控訴趣意。)
本件は被告人が昭和廿四年四月廿二日午前十二時頃半田市北條四拾壹番地久保田眼科醫院前に置いてあつた同市大字乙川字太田面森井智壽子所有に係る男子用自轉車一輛を窃取したものであるとして窃盜の既遂を以て起訴せられ第一審に於ても既遂罪として認定されましたが事実は既遂罪ではなく窃盜の未遂を以て処断さるべき案件であります。
事件の眞相は前記場所を被告が通りかゝつた時久保田眼科医院方門前に自轉車が一台置いてあつたので自轉車に手を掛け二、三回位自轉車を押して門を出樣とした際見付かつて声をかけられた爲め被告は直ぐ自轉車を其の場に置いた儘逃出した処追手に追れて間もなく捕へられたのであります。
窃盜罪の既遂は他人の物を自己の支配内に移すことに依つて成立するものなることは普説の認むる処でありますが本件の場合は自轉車が末だ被告人の支配内に移つたのではなく犯罪の実行に着手し未だ之を遂げない状態にあつた際発見され逃走し(自轉車を其の儘にして)間もなく捕へられたのでありますから刑法第四十三條本文に該当し未遂罪を以て論ぜらるべき事案であります。
從つて本件は未遂罪として而も実害もなかつたのでありますから前同條に依つて其の刑の減軽を賜ることの出來る犯罪であります。
然るに第一審裁判所は右事実を誤認し窃盜の既遂罪として処断されたことは甚だ不当な裁判であると存じます。